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実は、前回のフォト通信をお送りした後、5月の25日に、心臓の手術を受けました。もともと私は遺伝的に心臓に問題を抱えていて、大動脈の、
心臓につながる付け根の部分が人より大きく、放っておくと突然破裂して死に至る可能性があるということで、米国に来てからも定期検診を受けていました。つい最近の4月末に受けた定期検診で、その症状がすこし進んでいるようだとの医師の診断が出て、念のために早期の予防手術を受けることになったわけです。
手術を受けたのは、メリーランド州バルチモアにある、ジョンズ・ホプキンス病院というところでした。バルチモアは、ニューヨークから車で4時間ほど南に下ったところにある、アメリカでももっとも古い都の一つで、チェサピーク湾に面した港を通して、かつてはあらゆる物資がこのボルチモアを経由して全米に運ばれていったといいます。物流の主体が船・鉄道からトラック・航空輸送に移り変わった近年はバルチモアも次第に地盤沈下し、一時は犯罪の多い、廃墟のような都市になったと聞きましたが、その後の市と市民団体の努力によって見事復活し、今では都市の再開発の見本として全米から多くの関係者が訪れるということです。
ジョンズ・ホプキンス病院は、その名の通りジョンズ・ホプキンスさんという方によって作られました。より正確には、彼の残した莫大な資産を元に、彼の遺言によって作られた病院です。彼は、メリーランド州の南部の貧しい家に1975年に生まれましたが、その家庭の貧しさのために12歳で学校を中退し、彼のおじさんの家に働きに出ることになったそうです。そしてその後わずか19歳には商人として活躍しはじめ、北米最初の鉄道であるBaltimore
- Ohio 鉄道(B&O鉄道)などの事業で成功し、1873年に78歳で無くなるまで7ミリオン・ドル(約7.3億円)の遺産を残したと言われています。ある事情で一生を独身で過ごし、子供のいなかった彼は遺言でその遺産の半分を病院の設立のために、そしてもう半分を、その病院を補うための大学の設立のために捧げたということです。ジョンズ・ホプキンス病院はこうやって1889年に開業し、非営利団体として100年以上もの歳月を経て今日まで運営されています。
彼は遺言の中で、「人種・年齢・性別・支払い能力の有無によらず、誰でも治療を受けることのできる病院を作る」という言葉を残しました。当時では革命的なこの言葉が、その後のアメリカの医療教育の標準を作り上げたと言われています。その後、ホプキンスの医師達によってあらたに「患者中心の医療教育と科学調査」がフィロソフィーに加えられています。こうした徹底的な患者指向の文化もあってか、最近は
U.S. News & World Report という雑誌にて、7年連続で「全米中で最良中の最良」の病院として選ばれています。そして、その高い評判と実績を求めて、全米のみならず、全世界から患者がやってきます。
私も、心臓の手術ということで最初は不安でしたが、執刀医の非常に詳しい、しかも私と家族が納得するまでの説明によって、当初の不安は消え去っていきました。実際、想像したよりも身体的な負担も少なく、今から考えると自分が心臓の手術をしたというのが信じられないくらいです。5日間入院したあとは、バルチモアの友人宅で3週間ほど静養させてもらい、今はニューヨークに戻っています。
今日は、この、ジョンズ・ホプキンス病院の「ギフトショップ」で見つけた、マグカップの写真を送らせて頂きます。横にプリントされているのは、この病院のトレードマークである、もっとも古い建物にあるドームの絵と、「The
beat goes on.」のフレーズです。私の心臓も、今回の手術によって、The beat goes on です。
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