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先週第一回目をお送りしてからいろんなメールをいただきました。
「画像キレイですね。N.Y.かどうかわからんけど(笑)」「写真の方は非常に小さく 太陽が写っていますが実際はもっと大きかったやんな。なかなか表現するのは難しい
なあ」等。
また、「写真指導をしてあげようと思っています」というカメラマンの 友人からもメールをいただき、頼もしい限りです。
お手柔らかにお願いしますね。 |
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連載を始めると宣言したわけですが、こうやって毎週何かを書く、それも写真付きで というと、ネタを考えるのは結構大変ですね。やり始めてわかりました。いやいや、
まだ2回目でなにを言っているの、という声が聞こえて来そうですが、やっぱり書く 以上、恥ずかしくない内容にしたいな、読んでいておもしろいと思われるものを書き
たいな、と思い始めるともう止まりません。先週号から、一週間、なにを書こうか 毎日カメラを携えながら考えておりました。しかし、やはり平日は仕事があるので
なかなか写真を撮る機会もありません。結局、今回は1月17日の月曜日が祭日だ ったので、その時のことを書こうと思います。
1月17日は祝日だったと書きましたが、この日はマーティン・ルーサー・キング・ デイと呼ばれる日です。手元の資料によりますと、この祝日は、1986年に政府に
より定められたもっとも新しい国民の休日ということです。Martin Luther King Jr. という人種差別に立ち向かった人の誕生日を祝っている祝日です。「自由と平等の
国」という建国理念にもかかわらず、今からたった40年ほど前までは、アメリカ には黒人など有色人種に対する差別が強く残っていました。特に南部の方では人種
差別を法律で定め、レストラン・トイレ、学校などありとあらゆる公共の設備を白 人用と黒人用に分けていたというくらいだそうです。
1929年にアトランタに生まれ、 小さい時から自由と平等の教えを父親から授かった彼は、人種差別リーダーとして これに対抗し、その結果、ついに黒人の法的な平等を獲得しました。1964年には、
ノーベル平和賞を受賞しましたが、そのわずか4年後にテネシー州、メンフィスで 暗殺され39才の生涯を閉じました。この祝日は、彼のこの偉大な功績をたたえた
ものです。実際は彼の誕生日は1月15日なのですが、アメリカでは一般的に土日 とつなげて三連休になるように休日を制定することが多いので、このマーティン・
ルーサー・キング・デイも1月の第3月曜日というふうに定められています。
しかし、ニューハンプシャー州(典型的な白人の州です)のように、未だにこの日 をホリデーと認めていない州があるようです。人種問題の根深さを感じまね。実際
に住んでいる感覚としての人種問題ですが・・・これはコメントが難しい問題です ね。ニューヨークにはアフリカン・アメリカンと呼ばれる肌の色が黒い人々と、
ヒスパニックと呼ばれる、メキシコや中南米系の人々、それにアジア系やインド系 など、様々な人種が生活しています。彼らは(日本人も含めて)マイノリティ
(少数派、少数民族)と呼ばれることが多いのですが、マイノリティと呼ぶには あまりにも人数が多く、地下鉄に乗っていると、白人以外の方が圧倒的に多かったり
します。
これは別に、白人が地下鉄を使わないというわけではありません(一昔前と違 い、いまのニューヨークの地下鉄は非常に安全になったので、特に深夜でなければ
みんなふつうに地下鉄に乗ります)。まあ、マイノリティというのは、政治的に弱い 立場の人、という定義で考えた方がしっくりくるようです。確かに、前述したように、
アメリカの法律上における人種的平等が実現されてからまだ40年も経っていないこと や、非白人系の民族の中には比較的最近になってから移民として移り住んだ人たちが
多いことなどから、経済的な理由で十分な教育が受けられず、それがまたその人たちの 所得の差になるという負の循環によって、それらの人々が弱い立場や安い給与の仕事に
就いていることは多いです。
しかし、雇用慣習や法律の表面上では、そういった差別は ほぼ一掃されているようです。そういえば、アメリカでは雇用の際に「聞いてはいけな
い」タブーがあるのですが、これが日本の雇用慣習からするとちょっと驚くべきもの です。たとえば、「宗教」「身体的欠陥」はまだしも、「婚姻状況、家族状況」「年齢」
さらには「性別」も聞いてはいけないと、上司からアドバイスされたことがあります。 「そんな、性別なんて、聞かなくったって」と思うでしょうが、そこはアメリカ、
外見だけで判断に困る人もいるんですねえ。
さておき、「人種のるつぼ」ニューヨークは もはや白人だけでは回らない街になっていますから、良くも悪くもいろんな人種が共存 していく関係がすでにできているといった感じです。これがニューハンプシャーみたいな
ところにいくとまた全く違うんでしょう。
前フリが長くなりましたが、その休日に、妻と妻のいとこ(NY在住)と一緒に 「チェルシー地区」と呼ばれる地域にショッピングに行って来ました。
この地区は、その昔、船による海上輸送が主な輸送手段だった時代に、チェルシー・ピア と呼ばれる埠頭があることで栄えた地域で、古くからの倉庫街や、19世紀に建てられた
高級住宅などが建ち並ぶ地域です。一時は高架鉄道が建設され、劇場やミュージック・ ホールがひしめき合う商業地域に変わっていったようですが、高架鉄道の廃止によって
かつての活気を失ってしまい、その後治安も悪化して、つい数年前までは「うかつに たちいってはいけない地域」のうちのひとつでした。
しかし、現在のジュリアーニ・ニューヨーク市長による警察官の増員と、なによりも ここ最近の好景気により、チェルシー地域の治安は現在では見違えるほどよくなり、
好景気による開発ブームも手伝って、この地域は今もっとも「ホットな」地域に様変わり しています。そして、なにより、特に19世紀の高級住宅地だった8番街を中心とした、
14丁目から22丁目あたりの地域は、主に「ゲイ(同性愛者)の街」と呼ばれるほど ゲイが中心となってカルチャーを作り上げている地域となっています。
この8番街沿いにはカフェが多いのですが、先日ふらっと入ったカフェでも、カウンターの 周りに「いかにもジムで鍛えました」的に筋肉質で、耳にピアスをしたショートカットの
男性数人が取り囲み、お互い「キャーキャー」いいながら、楽しそうに話をし、抱き合ったり していました。すごいカルチャーショックですよ。
特に「ニューヨークのゲイ」は、ファッショナブルなのと安全なので、隣人としては歓迎 される傾向にあるようです。確かに、一端治安の悪くなった地域でも、ゲイが住み着くように
なると、彼ら(と言っていいのだろう)によってカフェができ、クラブができ、街の雰囲気 も優しくなって、特に商業地として栄えて行くようです。今は、ファッション界も彼らの
マーケットに着目し、彼らに訴求するような商品を一生懸命企画しているようですし、 GAPやBanana Republicのような大手のデザインも、そういった影響を受けているように思い
ます。ゲイの経済波及効果は大きいのです。
今日の写真は、その8番街沿いのカフェなどの写真を撮りたかったのですが、その日はそちら ではなく、9番街より西の倉庫街にあるアウトレットのお店に向かったので、古い倉庫街の
写真です。このあたりは船で運ばれた牛肉などをさばく、「ブッチャー・ショップ(肉屋)」 が昔から多く、そのせいか老舗のステーキハウスも多いのですが、輸送の主体が船から車に変わ
り、だんだんと倉庫も使われなくなって倉庫が廃墟となり、ブッチャー・ショップも減りました。 しかし、このところの好景気で、そういった倉庫を衣料品のアウトレット・ショップにしたり、
「チェルシー・マーケット」と呼ばれるいくつもの小さな商店が入居した複合施設に改装したり して、すこしずつ客足が戻りつつあります。この写真も、GACHOT
MEAT SHOP と呼ばれる 肉屋ですが、建物の荒廃した雰囲気がわかるでしょうか。この日は休日だったので、マーケット は休みで閑散としているのですが、こんなところにまで店が進出するということからも、アメ
リカの好景気が伺えます。
結局、アウトレットショップには欲しいものが無くてなにも買わずに、近くのケーキ屋で ケーキだけを買って帰りました。せっかくの「消費税0%」ウイークだったのに残念です。
気温が氷点下15度、体感温度が氷点下30度という極寒に震えながら、ニューヨーク の本格的な冬の到来を感じたチェルシーでした。 |
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