第三十二章
「名古屋大学そしてTOPPERS」
 高田広章 名古屋大学

EISの読者の皆様こんにちは。この4月に豊橋技術科学大学から名古屋大学に移りました高田広章です。Embedded業界紳士録には2回目の登場になります。2回目の登場は私が最初ではないかと思いますが、2巡目(?)のトップバッターに選んでいただいたことに感謝したいと思います。

名古屋大学 教授への昇任について

最初にも触れましたが、この4月1日付けで、名古屋大学の教授に着任いたしました。所属を完全に書きますと、名古屋大学大学院 情報科学研究科 情報システム学専攻 集積システム論講座となります。大学院に加え、工学部 情報工学コースの講義・研究指導も担当します。

名古屋大学大学院 情報科学研究科は、4月付けで発足した新しい研究科です(大学院の研究科は、学部に相当する組織です)。工学研究科から情報工学専攻(+α)が抜け、人間情報
学研究科と合体してできた組織です。学生は、主に工学部 情報工学コースと情報文化学部から進学してくることになります(私の研究室は、工学部 情報工学コースからの学生が主になります)。また、他大学から入学してくる学生も積極的に受け入れる方針です。

さて、名古屋大学へ移ると同時に助教授から教授に昇任させていただいたわけですが、30歳代(といっても、あと3ヶ月程しか残っていませんが)の教授は数が少なく、選考の際に年齢的に若すぎるのではという意見もあったと聞いています。特に私の場合、学術論文の数的には決して多い方ではないものですから、積極的な産学官連携活動が高く評価されたものと考えています。また、大学における組込みシステム分野の研究者がまだまだ少ない中で、この分野のパイオニアであることも、有利に働いたのではないかと思います。

これまで、私の活動にご協力いただき、またご指導・ご鞭撻くださった組込みシステム業界の皆様に、この場をお借りして感謝したいと思います。もちろん、これまで取り組んできた組込みシステム分野での研究教育活動・産学官連携活動等はすべて継続・発展させていきたいと考えておりますので、今後ともよろしくお願いします。

また今回、研究室のメンバとして、冨山宏之氏(3月まで九州システム情報技術研究所)を講師(専任)として迎えることができました。冨山氏は、システムLSI設計技術分野の研究者で、動作合成技術やC言語ベース設計の専門家です。
冨山氏をメンバに加えることで、組込みシステムの設計技術を、ハードウェアとソフトウェアの両面から攻めることができるようになると期待しています。

TOPPERSプロジェクトについて

最近だいぶ知名度が上がってきたのではないかと思いますが、TOPPERSプロジェクトは、組込みシステム構築の基盤となる各種のソフトウェアを開発し、良質なオープンソースソフトウェアとして公開することにより、組込みシステム技術・業界の発展に資することを目的としたプロジェクトです。組込みシステム分野において、Linuxのような位置付けとなるOSを、ITRON仕様をベースとして構築することを目指しています(時々誤解されるのですが、技術的にはLinuxとは無関係です)。

TOPPERSプロジェクトは、私の研究室を中心にプロジェクトの趣旨に賛同してソフトウェアの開発/保守を分担する組織/個人により推進してきましたが、徐々に参加組織/個人が増え、大学の研究室が事務局を担当する体制では、プロジェクトの発展に支障をきたす状況になってきました。そこで、昨年11月にTOPPERSプロジェクト組織化準備委員会を作り、NPO法人化に向けての準備を進めています。今年の7月頃には、NPO法人の設立認証が得られ、一般からの会員を募集して本格的な活動を開始する予定です。

私がTOPPERSに力を入れている理由は、日本の主要産業分野で重要な役割を果たしている組込みシステム分野で、日本独自の技術として発展してきたITRONを、より発展させたいと考えているためです。

ご存知のようにITRON仕様は、組込みシステム分野の業界標準へと発展してきたわけですが、開発環境やツールが不足している、ソフトウェア部品が不足しているなどの問題点が指摘されています。また、組込みシステムがますます複雑化する中で、より大規模な組込みソフトウェアにも適するように発展させていく必要があります。

私は、これらの問題点の大きな原因の一つが、重複投資が多いことではないかと考えています。競争は常に必要だと考えていますが、現状のように、ITRON仕様準拠のOSを10社以上が個別に開発している状況は、やはり無駄な投資が多いと言わざるをえません。無駄な重複投資の結果、新しい技術に対する開発投資が手薄になっているように思えます。いつも出す例なのですが、ITRON仕様OS上で動作するTCP/IPプロトコルスタックは、今や10社以上が開発していると思いますが、一方で、新しい技術に対応するソフトウェア部品になると、全くないという落差が生じています。

ITRON仕様のリアルタイムカーネルは、すでに技術的に枯れたインフラ的なソフトウェアとなっています。そこで、良質なオープンソースソフトウェアを提供することで、企業の開発投資をより先端的なソフトウェア部品や開発環境の開発に向けることができると考えています。また、ITRON仕様OSの実装の種類が減ることにより、ソフトウェアの移植性が向上し、ソフトウェア部品や開発環境の対応がそれらに集中するという効果もあります。

最近、TOPPERSプロジェクトにとって大変嬉しいニュースがありました。それは、TOPPERSプロジェクトの開発成果であるTOPPERS/JSPカーネル(μITRON4.0仕様のスタンダードプロファイルに準拠したリアルタイムカーネル)が、松下電器の製品(カラオケマイク)に採用されたということです。

ITRONからの発展形としては、坂村先生を中心にT-Engineプロジェクトが進んでいるわけですが、TOPPERSプロジェクトは、T-Engineとは違う切り口で、 T-Engineと相互補完する技術を開発していきたいと考えています。

ところで、TOPPERSの「T」は「豊橋」の頭文字なので、私が大学を移ったことで名前を変えるのかという話しがあるかと思いますが、発祥の地をあらわすということで(BSDが類似例ではないかと思います)、変えるつもりはないことを明言しておきます。

プライベートなこと?

どうやらEmbedded業界紳士録は、プライベートなことも書くようなので、ほんの少しだけ。経歴は私のウェブサイトを見ていただくことにして、家族は、妻と子供2人です。子供は、上が男の子、下が女の子で、2人とも小学生です。名古屋大学へ移ったことで、家族も連れて豊橋から名古屋市内に引っ越しました。

皆さん、趣味も紹介されているようなのですが、無趣味な方でして、あえて言えばプログラミングでしょうか。最近、プログラミングのための時間が取れなくて悲しいのですが、TOPPERSのカーネルのコードは、今でも自分で書いています。最初に掲載した写真は、豊橋技術科学大学での私の教官室で撮影したものですが(名古屋大学の教官室は、まだ段ボール箱で埋まっています)、私のすぐ後ろにあるVMEラックに入ったボードが、TOPPERSのカーネルの最初のターゲットマシンです。カーネル開発は、手放したくない気持ちがある一方で、私がプロジェクトのボトルネックになってはいけないので、悩ましいです。

おわりに

この場では触れることができませんでしたが、私が中心になって進めてきた活動(SWESTCEST)や、参加してきた活動(ITRONEmblixSTOCSESSAMEなど)は、これからの積極的に推進/貢献していきたいと考えています。オーバロード(仕事が多すぎる状態)により皆様にご迷惑をおかけする場面もあるかと思いますが、今後ともおつきあいいただけますようお願いして、締めくくりとさせていただきます。

2003年4月2日