Embedded業界紳士録

第十三章 マイクロウェア・システムズ(株) 星マーケティング・スペシャリスト


この時代に生きて21世紀につながる仕事ができる幸せ

マイクロウェア・システムズ(株)
マーケティング・スペシャリスト  星 光行

 新年明けましておめでとうございます。マイクロウェアの星です。 リアルタイムOS「OS-9」の開発元で供給メーカであるマイクロウェア・システムズで 組込みシステムの業界の皆様と仕事をさせて戴いています。 ミレニアムである2000年の幕開けの最初に登場させて戴いて大変光栄に思っています。 私は、講演などで度々今の時代が第三次産業革命と言っています。 最初は、蒸気機関による産業革命。第二次はマイクロコンピュータの出現、 そして第三次は、ネットワークによる情報の産業革命。 幼き頃、2000年になったら自分は何をしているのかと考えたことがありました。 ミレニアムを迎えた今年、自分がこの時代に生きて、皆様と21世紀につながる仕事ができることを幸せと思っています。
 組込みシステムに携わる皆様との出会いも、私がESECとMSTのセミナー委員をさせて戴いていることもあると思っています。 業界の大御所(?!)である門田さんや田丸さんを始めとして、実に様々な紳士との出会いがあります。 そんな中、こうして紳士録に紹介していただけるのも何かの縁としてお引き受けしました。 昨年の年末に門田さんから、そろそろ出番ということでメールを頂戴しましたが、 年末は仕事が忙しかったため、この原稿はY2Kも特に大きな問題もなく明けた正月休みに自宅で書いています。

OS-9というOS
 OS-9の開発元であるマイクロウェアの本社は、米国アイオア州のデモインにあります。 シカゴから飛行機で西へ1時間ほど飛んだところです。 あまり聞きなれない地名とは思いますが、数年前にヒットした映画「マディソン群の橋」の 舞台となったところです。私も、1992年にこのデモインで家族と一緒に 1年間生活したことがあります。緯度的には日本の函館と同じ位置になります。夏は快適ですが、 冬は気温がマイナス20℃位になります。
 そんな所で生まれたOS-9は、独自のモジュール構造で、20年を超えて、組込みシステムを支えてきました。RTOSの先駆者といっても良いと思います。組込みシステムの実に幅広い分野でRTOSが使われる時代になりました。そうした中、1つのOSですべての分野をカバーするのは無理だと思っています。開発する機器に応じて、適材適所のOSを選択する必要があります。
 今や、携帯電話も4MBのプログムを搭載する時代になりました。OS-9は、複雑なシステムになればなるほど、その特徴を発揮できるわけで、特に、OS-9が持っているシステムセキュリティは、C言語でよくある、ポインタの操作ミスで不当な領域をアクセスしたのをOSが自動的に検出して、システムダウンを防ぐ機能を持っています。今後、ますます複雑化、肥大化するシステムにおいて、Fault Avoidanceの思想からFault Toleranceの思想に変える時期に来ています。OS-9は、そのFault Toleranceに応じられる組込みのRTOSとして、今後CPUが高性能になるにしたがって益々ニーズが高まると思っています。
 私は、プログラム・サイズが1MBを超えたらOS-9と言っています。この1MBというのは、人間の把握できる限界です。1MBを超えるプログラムを従来の手法で、バグを取り除くことはかなり困難になってきています。
 OS-9はモジュール構造とダイナミックリンクが特徴です。ダイナミックリンクとは、最終オブジェクトの生成にリンク作業を必要としないということです。そのため、プログラムサイズがどんなに大きくなっても、独立した個別のモジュールを集めるだけでシステムができてしまいます。だから、様々なミドルウェアの搭載も、必要なモジュールを追加だけで、ハードウェアを制御するドライバ以外は移植なし、リンクなしでそのまま走ってしまいます。
 また、マイクロウェアでは、組込みシステムの開発に、短期開発を実現するRAD手法を提案しています。RAD手法は、言葉で言うのは簡単ですが、どのOSでも簡単に実現できるものではありません。OS-9の数々の特徴があって始めて実現できるのです。騙されたと思って一度使ってみてください。驚くほどの短期間でシステムを開発することができます。

コンピュータとの出会い
 私とコンピュータとの出会いは、28年前になります。事情があって大学に行かず、 その代わり、航空自衛隊のバッジシステムを選択し、5年間コンピュータの勉強をさせてもらいました。 バッジシステムとは自動航空警戒管制のことで、日本の上空を飛行する全ての飛行物体 (UFOを含む)を追尾し、状況に応じて未確認の航空機に対してスクランブルの発令を 出すところです。北は北海道の稚内から南は九州までの何箇所かに設置されているレーダサイ トからの情報をすべてオンラインで収集し、日本の上空を飛行するすべての航空機を 追尾します。 その当時、国内最大のネットワークとコンピュータ・システムの運用に従事していたわけです。 現役最後の年、ソ連のベレンコ中尉が函館空港にミグで着陸して大騒ぎになったのを良く覚えています。 ハイジャックも経験しました。ハイジャックは、このバッジシステムで最初に確認されるわけです。 ハイジャックが発生すると、コンピュータで処理された航空機のシンボルに特別なマークが 表示されます。ですから、テレビのニュースが流れるかなり前から、状況を把握しているわけです。

 その自衛隊時代、TTLを数10個も使い一週間のタイマを2系統セットできる当時としては画期的なデジタル時計を作りました。そして、その製作記事が、1975年のトランジスタ技術誌4月号に特集として18ページにわたって掲載されました。その後、友人から、この時計の回路をベースに、車のラリー用のタイマが作れないかと頼まれ検討をしたのですが、ハードウェアだけで作るには、あまりにもお金がかかるためにあきらめてもらいました。何せ、カウンタ用のSN74xxが300円位した時代でした。 その頃、マイクロプロセッサ(以下マイコン)が登場しました。 確か16ピンの8008だったかな?でも、その当時、まだ個人で購入できる金額ではありませんでした。 でも、欲しかったなぁ(笑)。マイコンを使うと、単純な回路でプログラムを書くだけで、 もっと複雑な時計はもちろんのこと、ラリー用のタイマも簡単にできてしまうわけです。 このとき、マイコンで世の中の機器が大きく変貌すると予見したわけです。
 そして、同じ頃、ある本で、今は亡き松下幸之助氏が(多分)、モータ事業を始めるに当たって、「今後、モータは各家庭内に4個以上使われる時代が来る」とおっしゃていたのを読みました。そのとき、私は、松下氏の予言より遥かに高い確率でマイコンが各家庭に4個以上使われる時代になると確信しました。そして、将来は、このマイコンに関係する仕事をやろう、そして、自分の作った機器で、世の中のあらゆる人に喜んでもらえるような機器を作ろうと思ったわけです。そのときの気持ちは、今でも同じです。現在では直接自分が、機器を作ることはしませんが、RTOSを通して、自分の代わりにメーカに自分の欲しい製品を作ってもらうと思っています。

ミイラ取りがミイラに
 OS-9との出会いは、19年前の1981年になります。航空自衛隊のあと、日本で最初のマイコン雑誌である工学社の「I/O」の編集をやっていました。ASCIIの西さんと入れ替わりです。その編集者時代に、まったく個人の趣味でApple IIのパソコンを究極の8ビットCPU6809マシンに変身させるアドオン・ボードを開発しました。その開発をきっかけに、自分で独立して叶ッ光電子という会社を起こし、そのボードをEXCEL-9という名前で販売をしていました。
 その頃、インターフェース誌にOS-9の紹介記事があり、米国にすごいOSがあるということを知りました。 そのとき、私は、EXCEL-9の6809ボードでFLEXというOSをやっていましたが、OS-9を見た瞬間、そのアーキテクチュアの美しさにまるで後頭部をハンマーで殴られたような衝撃を受けました。このOS-9との出会いは、その後の私の人生を大きく変えてしまったわけです(笑)。それで、何の迷いもなく、米国のマイクロウェアに飛び、Ken Kaplan社長に、「日本で俺にOS-9をやらせろ!」と言ったわけです。しかし、そのとき、すでに日本でマイクロボードと言う会社がマイクロウェアの代理店をする話が決まっていて、残念ながら星光電子は代理店の権利を得ることはできませんでした。しかし、Ken Kaplanは、私の熱意に対して、「Authorized OS-9 Software Implementor」という立場を与えてくれました。そして、当時、富士通の8ビットパソコン、FM-11、FM-7などに世界に先駆けてマルチウィンドウをサポートしたOS-9をすべて移植しました。ただ、この時のイメージが強かったせいか、OS-9はパソコン用のOSと思っているいらっしゃる方も多いみたいです。OS-9は、れっきとした「組込み用のリアルタイムOS」です(笑)。

 当初ハードウェアの会社としてスタートした星光電子は、OS-9をサポートするようになってからソフトウェア中心の会社になり、OSを普及させ、その上のアプリケーションあるいはSIとしてやって行こうと思ったわけです。そのためには、ベースとなるOS-9の普及をさせなくてはという、一種の義務感みたいな感覚から、各雑誌への記事の執筆、毎月9日のOS-9無料セミナーと盛んに啓蒙活動をしてきました。いつのまにか、本来のOS-9を普及させて、自分はその上のアプリやSIでやろうとした思惑から、OS-9そのものをすることになりました。
 そして、1889年にマイクロウェアが直接日本で営業活動することになり、8年間続けた 星光電子をたたみマイクロウェアで本来のOS-9をやることになったわけです。

趣味について
 中村さんに、自分の趣味であるラジコンのことも期待していますなんて言われましたので、 ちょっと書かせて戴きます。昔から、何もしないで、じっとしているのが嫌いで、 何でも興味を持ちいろいろとやってきました。中学生の頃は、ロケット作りと新潟の山奥の渓流で魚釣り。 今では幻の魚と言われている「岩魚」が一日で20匹も釣れました。そして、高校時代は オートバイのモトクロス、オーディオ、8mm映画作りなどをやっていました。でも、根本的には、 物を作るのが好きなようです。家では、ちょっとした畑もやっています。
 ということで、今の趣味はラジコン飛行機。下の子供が生まれたときから始めて、 12年のキャリアになります。ラジコン飛行機といっても、ピンキリとあるのですが、 今私が飛ばしているのは、ピンの方。考えてみるととてもお金がかかる贅沢な趣味かも知れません。 今や、ラジコンの送信機もコンピュータで制御されている時代です。 PCM変調による1024ビットのデータで4〜9チャンネルの電波が出されています。 これも、りっぱな組込みシステムかも知れません。
 送信機がコンピュータ制御になってから、より複雑な飛行が可能となりました。 特に、ヘリコプターなどは、コンピュータなしでは飛ばすのはまず無理です。ヘリの場合、 エンジンの回転を上げると、それに連動してメインロータとテールロータのピッチ角度が 自動的に変化します。これはミキシングの機能と言いますが、すべて送信機の コンピュータによって設定が可能になります。

 我が愛機
 ところで、ラジコン飛行機は、大きく分けて2種類の楽しみ方があります。 ひとつは、スケール機といって、本物の飛行機を小さくした模型を飛ばすこと。 スケール機には大きさの制限はなく、大小さまざまな飛行機があります。 スケール機では、アクロバット飛行があり、飛行機がこんな飛び方ができるのかといった 飛ばし方を披露してくれます。
 もうひとつは、スタント機といって、競技を行うものです。 今、私が飛ばしているのが 後者のスタント機。スタント機は大きさに規定があり、胴体、主翼とも2メートル以内と 決まっています。添付の写真のように、私の身長より大きな飛行機ですが、 これが規格ギリギリの大きさです。値段はと申しますと高いです。ちょっと 高めのノートPC2台分位と思ってください。
これとは別に、1万円程度のリボンくぐりというちょっとした遊びに使う飛行機や、 数万円の小さなアクロバット専用機、それにモータで飛ぶグライダーも持っています。 以前は、ヘリコプターも飛ばしていましたが、今は、部屋に飾っています。
エンジンは2種類あります。一般には、ラジコン用のグローエンジン。 これは、エンジン始動の時のみ、プラグ(ヒータ)に電流を流してエンジンをかけ、 その後はプラグヒートをはずしてもエンジンが回り続きます。電気装置がまったく必要無いため、 軽量でパワーのあるエンジンです。模型エンジンの90%がこのタイプです。グローエンジンにも、 2サイクル、4サイクルがあり、私のスタント機は、140クラス(排気量約22cc)の 4サイクルを使っています。ちなみに、このエンジンで直径14.5インチ(約36cm)の プロペラを毎分8,600〜9,200回転させます。燃料は、専用のもので、これが高い。 1リッタで約1,200円します。私の使っているクラスのスタント機は、 450ccのタンクを使っていますので、ざっと計算して一回飛ばすと、約500円かかる計算になります。

友人のガソリン機  


 最近は、この燃料代を気にして、ガソリン・エンジンを使う人が増えてきました。 この場合、燃料は普通のガソリンを使うので安いのですが、どうしても、 エンジン自体が大きくなるため、自然に飛行機自体も大型になってしまいます。 一般に、エンジンの排気量は70ccから200cc位を使い、機体も、大きさが2〜3メートル、 重量が10〜20Kg位のものが多くなります。写真は、同じクラブ仲間のガソリン機です。

最後に自己紹介
 年が明けて、1月に45歳になります。現在、今年高校を受験する双子の姉妹と、 今年中学生になる娘がいます。妻も含めて、飼っている犬までが雌で、まさに女だらけの家庭です。 妻とは、「I/O」の編集者時代に知り合いました。その頃、私自身が6809の製作記事の連載を 執筆していて、妻がその記事のレイアウトの担当をやっていました。
 性格的にはどちらかというと明るいほうと思っています。お酒も嫌いなほうではありません。 恐らく、年間で酒を飲まない日は数日しかないのではと思っています(笑)。
 それでもたまに、落ち込むこともあります。そんなとき、グライダーとを飛ばします。グライダーは、ゆっくりと大空を飛びます。モータの力で上空に上げたあとは、上昇気流を探しながら飛ばします。トンビが飛んでいる日は上昇気流があるわけで、トンビの後を追いかけたりもします。そのとき、利根川の河川敷でグライダーを飛ばしている自分の姿を、上空からカメラで撮っている様子を想像してみます。そして、カメラをどんどん引いて行くと関東平野が見えてきて、さらに引くと日本列島が、さらに引くと地球の姿が現われてきます。その段階でもう自分の姿は見えません。そうすると、宇宙は広い、自分の悩みなんて壮大な宇宙に比べたらちっちゃなものだと思ってしまうわけです。
 また、スタント機の競技は、予め決められた演技をやって、その出来映えの得点を争うものです。 ちょうど体操の規定演技のようなもので、23種類ある演技のそれぞれを10点 満点として演技の出来具合で、減点されるものです。どんなにやっても、満点はあり えません。 だから、絶えず高得点を目指して努力をすることになります。 もし、簡単に得点がとれたらすぐに飽きてしまうでしょう。 これは、ゴルフと同じで、パーフェクトがないから面白いのだと思います。

 ところが……。その愛機が昨年の11月の末、悪質な妨害電波で落とされてしまいました。同じ日、私の所属するクラブでも1機、隣のクラブでも妨害電波で落ちたようです。10年もやっていると、操縦ミスで落とすことはまずありません。しかし、電波障害だけどうすることもできません。悔しいけれど、絶えずそのリスクを背負って飛ばしているわけで、ン十万円の飛行機が一瞬にして、バラバラになってしまうわけです。

 そして、その愛機墜落の喪も明けないうちに、飼っていた犬が交通事故で死んでしまいました。1999年の後半、個人的なことで不幸が続いてしまいましたが、そうしたことは、1999年に残して、2000年は、きっと良い年になると信じています。組込みシステムに携わる皆様と、20世紀から21世紀へつながる貢献をして行きたいと思います。
 最後に、2000年が皆様にとって良い年であることをお祈りします。今年も、よろしくお願いします。

ホームページ:http://www.microware.ne.jp
本稿に対するご意見は、hoshi@microware.co.jp
 

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以上