リムネットにダイアルアップで入会を申し込んで、自分のアカウントを取得するまで1、2時間。1995年3月頃はリムネットもまだ「会員限定1万人」キャンペーン中だった。多分、5000番くらいの入会だったのではないだろうか。いろんな設定項目も手探りで、すでに入会している人の設定を覗かせてもらったり、市販の書籍でリムネットのメールサーバーのIPアドレスを知ったりするような状況だった。
本で調べるより、すでに実践している人に聞いた方が早い。これはインターネットに特有ではなく、パソコン通信でもそうだった。通信ソフトやゲームソフト、便利なユーティリティソフトなどがフリーで手に入る、これもパソコン通信ですでに体験していた。
両者の決定的な違いを実感したのは、自分でホームページを作ってみようと思い立った時だった。リムネットが、非営利なら3MB以内のホームページは無料、というサービスをしていた。実験するにはもってこいだ。
HTMLコーディングの本を何冊か買い込み、自作を試みた。サンプルプログラムを入力し、タグの機能を試したりした。概念はつかめたけど、日常の仕事の合間にゼロからのスタートではいつ完成するかメドがたたない。アルバイトで僕の先生をしてくれていたM君の助けを借りることにした。
M君は、僕に原稿作成を指示した。僕は、現在のインターネット版「きゃらばんタイムズ」の骨格に当たる部分の原稿を書き、彼の指導を仰いだ。彼は、1日で基本型を完成させてくれた。後は、僕が、グラフィックの作成や内容の充実を計ればいいところまで来た。
Fetchでサーバーにデータをアップし、Mosaicで結果を確認したり(当時はまだMosaicだったんだなぁ)しているとき、中国人の留学生D君が遊びに来た。とても優秀な彼も、僕のインターネットの先生のひとりだ。彼に、「いいページ・デザインをするのは難しい」と話した。すると、彼は言った。「そんな心配をする必要はありません。ネットサーフィン中に、気に入ったページを見つけたら、ソースをダウンロードして、データだけを入れ替えればいいのです。」つまり、それまでの僕の認識によれば「盗作」だ。
僕の「盗みだね」に対する彼の返事は、「UNIXの世界では常識です」だった。「奇一さんのページを真似したいと思う人がいたら、その人にソースをあげればいいんです」とも言った。なるほど、僕がホームページの制作に使っていたエディタ(YooEdit)も、ブラウザ(Mosaic)も、FTPソフト(FetchとTelnet)もすべて本の付録でタダだった。ついでに言うと、メールソフト(Eudora)もタダだった。
僕がパソコンを業務用にいじくり始めたのは、MS-DOSが最初だった。もう、10年くらい昔だ。フリーソフトもあるにはあったが、仕事の役にたつソフトはほとんど有料だった。そして、結構な値段がした。一通りそろえると、パソコンセット1式より高くつくほどだった。だから、いろんな違法コピーソフトが、「解析ソフト」などの名前で大手を振って売られてもいた。告白すると、「購入前の体験使用」などと自分をごまかして、違法コピーをしたことも随分あった。精神衛生にとても悪かった。
それに比べ、「UNIXの世界では常識です」というこのアッケラカンさはどうだ。インターネットの世界に入り、本を読み、自分で体験すると、びっくりすることの連続。「でも僕は、人に与えるようなものを持ってないなぁ」と言うと、「最初は『Take』でいいんです。できるようになってから『Give 』すれば」。M君も同じ考えだった。
「電子版・きゃらばんタイムズ」の原型ができると、公表はせずに、事務所に来る人に個別に見せていた。「インターネットはこんなに素晴らしいですよ、インターネットこそ究極のDTPですよ」と。
ある日、僕の仕事場を訪れた、取引先の印刷所の社長さんTさんにも、インターネットのプレゼンテーションをした。この社長さんは、僕がDTPのゲリラと自称して、業界専門家が見向きもしないようなDTP機器やソフトで商売しているのを見て、僕のところと同じシステムを導入し、一緒にDTPコストダウンの研究をしてくれていた人だ。
彼に、レイアウトページのソースダウンロードの話から始まって、僕が垣間みたUNIXの世界について、若い2人の先生の教えを受け売りした。彼曰く、「私も今日からUNIXの頭になります。仲間に入れてください。」
DTPからインターネットへ。意気投合した僕らは、「UNIXの頭同盟」を結ぶことにした。
(つづく)