インターネットへの没入-1

――Give and TakeとCopy leftの思想――


三茶 奇一(1996年10月1日)

 インターネットの風に吹かれて1年半。使うほどにその魅力にとりつかれ、いまやすっかり没入状態。自分が使うだけに飽きたらず、まわりを次々とこの世界に引き込む側の人間になってしまった。

 インターネットのアカウントを取得する前、業務や個人的通信に5年以上もパソコン通信を利用していた。だが、今ほどそれに没入することはなかった。画期的で便利な通信手段だと認めたが、僕にとってそれ以上の存在にはならなかった。

 実際に自分で使い始めるまで、インターネットとパソコン通信との違いは、クローズドなネットワークとオープンなネットワークとの違いぐらいだろうとタカをくくっていた。

 ダイアルアップの電話代を気にしながら、いろんなホームページをサーフィンしたり、ゴファーでアメリカの政府や議会のデータにアクセスしたりしているうちに、それが大きな間違いだったとすぐに分かった。そして、自分でもホームページを開設しようと勉強するうちに、新しく生まれたこの技術がとんでもなく革命的なもので、たんなる技術革新にとどまらず、人びとの生活に根元的な変革を及ぼす可能性をもつと確信するにいたった。

 インターネットの扉を開いて、まず驚いたのは、そこが「タダ」の世界だったことだ。

 パソコンとモデムさえあれば、インターネットと接続するためのソフト、Webサイトや各種データベースにアクセスするソフト、さらにはそれらのデータにアクセスする料金そのもの等々、プロバイダーと電話会社に支払う料金を除けば、ほとんどがタダなのである。専用線で接続している大学や大企業などの末端ユーザーにとってはその接続料金さえタダなのである。(見かけ上の「タダ」システムを支えるコスト負担システムについては、ここでは無視する)

   つぎに驚いたのは、データやアプリケーションソフトなど、知的労働の産物も「タダ」だったことである。誰かがこんなソフトがないか、と質問すればすぐにその在処を教えてくれる人がいる。なければ作ってタダで配布する人がいるし、自分が作った便利なソフトを公開する人もいる。ソフトだけでなく、知りたいことを質問すれば親切な答がすぐに返ってくる。

 こりゃ、一体なんじゃ。まるでこの世界は、「キミの物はボクの物、ボクの物はキミの物」「ひとりが万人のために、万人がひとりのために」「上意下達、中央集権と正反対な、かぎりなく平等・対等な関係」な世界じゃないか。夢のようなこんな世界が「バーチャル」どころでなく、現実に存在していたとは、まったくの驚きであった。

 つぎに驚いたのは、アメリカ社会の公開性であった。議会にアクセスすると議会の各委員会がデータを提供しているだけでなく、議員一人ひとりまで詳しく自分の活動や考えをアップしている。これは言葉で生きる政治家のことだからまあ理解できるにしても、各省庁も細かくデータを公表している。一般のホームページを覗くと、子供には見せられないようなものから、企業データ、個人のアピールまで無限のデータが公開されている。

 僕にとって、まるでこの世界は、頭の中にしか存在しない“ユートピア”のような世界だった。

 インターネットの世界を支える精神に「Give and Take」と「Copyleft」というものがあると知るまで、それほど時間はかからなかった。「タダ」と見えたのは、すべての価値を貨幣価値でしか表現することのできない世界に、僕自身がどっぷり漬かってしまっていたことの証だったのだろう。

 最初は、なにか新しいビジネスに利用できるかもしれない、と思って入ってきたインターネットの世界だった。だが、そんな浅はかな考えでは手厳しいしっぺ返しを食いそうな予感を感じた。

 「とにかくこの世界の住人になってみよう」、こんな気持ちで、僕のインターネット漂流は始まった。

 (つづく)